福岡高等裁判所 昭和24年(控)134号 判決 1949年8月24日
控訴人 被告人 宋憲
弁護人 池田純亮
検察官 天野功関与
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
本件を福岡地方裁判所小倉支部に差し戻す。
理由
弁護人池田純亮の控訴趣意第一、第二点について。
関税法第三十一条には「貨物の輸出若は輸入を為さんとするものは税関に申告し貨物の檢査を経てその免許を受くへし云々」と、同法第七十六条には「免許ヲ受ケスシテ貨物ノ輸出若クハ輸入ヲ為シ云々」と各規定し又関税法の罰則等の特例に関する勅令第一条第二項には「関税法第三十一条の規定による免許がないのに物品の輸入又は輸出をし又はしようとした者の罰は同法第七十六条の規定にかかわらず、前項と同様とする」と規定し以て同条第一項の罰則を適用すべきことを明かにしている。
ところで関税法第三十一条、第七十六条は前示のように貨物なる語を用いているのに、前掲勅令第一条第二項には物品なる語を用いその用語を異にしているのであるが、右二語は共にその意義を同じうし後者において平易な用語を使用したものと解するが相当である、何となれば右勅令第一条第二項は終戰後の我国物資の状態に対処し輸出入に関する基本的な政策及び計画に基いて輸出入の統制運用の完璧を期する目的を以て関税第七十六条の罰則を強化した特例であつて、同条及び同法第三十一条の語義をも変改したものでないことが明白であるからである。そして船舶が一の物で帆檣、汽罐等の集合物でないことはいうまでもないが、これが右の貨物又は物品中に包含されるものでないことは関税法はその第二章において、船舶に関し、又その第三章において貨物に関し、それぞれ規定しているのみならず、前掲勅令第九条第一項には「第一条の犯罪に係る物品又は同条の犯罪に供した船舶で犯人の所有し又は占有しているものはこれを沒収する」と規定し以て貨物又は物品と船舶とを各別異に取扱つているのに徴し明白である。しかもなほ、我国のその他船舶関係の諸法令が、船舶をいわゆる貨物又は物品と同一に律していない事実によるも優にこれを窺い知ることができるであろう。尤も関税法第三十一条第三号には「遭難船舶又は難破貨物を輸入するとき」と規定し、この場合の免許手続について特例を定めているので、船舶の輸出入についても同法条所定の免許を要する貨物に包含せしめているものではないかとの疑義を容れる余地がないとはいえないが、この場合の遭難船舶はそのままでは船舶としての機能を果し得ない状態に遭難し最早船舶と見ることができない一の貨物視せられる状態にあるものと解するのが関税法全体の精神に照らし最も妥当であるといわなければならないので右の規定があるからというて船舶がいわゆる貨物又は物品に包含しないとするのに何等の支障を来すことはない。従つて関税法第三十一条の免許を受けないで船舶を輸出若くは輸入し、又はしようとした場合関税法第七十六条乃至は前掲勅令第一条第二項の犯罪を構成することはないのである。今原判決判示第二の事実を見ると所論の通りで、その措辞粗笨の嫌いがないではないが、被告人関係部分は要するに、被告人は原判示第一のとおり朝鮮へ密航するに当り、所定の免許を受けないで、その所有にかかる金比羅丸(証第二号)に乗船して下関市彦島から出帆し以て同船を密輸出したるものであるというに帰する。すると該事実は前記説明に徴し明かなとおり関税法第七十六条乃至は前記勅令第一条第二項違反の犯罪を構成するものがないものといわなければならない。(尤も本件記録に徴すると被告人は原判決判示第二の原審共同被告人等が原判示のように免許を受けないで判示物品を判示船舶で輸出するについて同人等と相謀り、又はその依頼を受けたことが明かであるのみならず、被告人が同船の船長として、その輸送をしているので、これ等の共同被告人と或は共同正犯乃至は従犯関係にあることが認められるので該事実について公訴の提起があれば前掲勅令第一条第二項違反罪を構成することは格別である。)然るに原判決は右原判示第二事実を前掲勅令第一条第一項第二項に問疑しているのであるから、結局罪とならない事実に法令を適用した疑いがあり、原判決は破棄を免れないので控訴は理由がある。しかも原判決は右判示第二の事実と原判示第一の昭和二十一年勅令第三百十一号違反の罪とを刑法第四十五条前段の併合罪として各所定刑中懲役刑を選択して同法第四十七条、第十条に従い、重い右判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人に対し懲役六月の言渡をし、且つ原判示金比羅丸については判示第二の犯罪にかかる物品として沒収の言渡をしているので結局原判決中被告人に関する部分は全部破棄を免れない。論旨は理由がある。
そして右の違法は判決に影響を及ぼすこと洵に明かであるから、その他の論旨に対する説明を省略し刑事訴訟法第四百条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長判事 白石亀 判事 藤井亮 判事 大曲壮次郎)
弁護人池田純亮の控訴趣意
第一点原判決は法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明かであると信じます。
原判示理由第二によりますと、被告人宋憲同昔東一……は前項(判示理由第一)記載の如く朝鮮に出向するに当り何等免許を受くる事なく被告人宋憲は機帆船金比羅丸(証第二号)を、同昔東一はモンパレス外九点(証第二〇号乃至第二三九号)を……夫れ夫れ携帯して前記金比羅丸に乗船出帆し該物件の密輸出をなしたるものであると認定し其の適条として判示第二の各被告人の所為は関税法第三十一条に違反し昭和二十一年勅令第二百七十七号第一条を適用処断すべき犯罪であるとせられました。
仍つて茲に関税法第三十一条を檢討しまするに同条には貨物の輸出若は輸入を為さんとする者は税関に申告し貨物の檢査を経て其の免許を受くべしとあり且つ同法第七十六条(右判示には掲記せざるも)には免許を受けずして貨物の輸出若くは輸入をなし又は為さんとしたるものは金千円以下の罰金又は科料に処す、とあります。即ち同条の規定する輸出輸入の目的物は貨物であることは同法第三十一条同第七十六条に明記する所である。
然るに原判決の右判示理由によれば被告人宋憲が密輸出したと認定せられたものは前述の如く機帆船金比羅丸(証第二号)だけであつて外に何物の貨物もないことは明かである。然らば金比羅丸と言う機帆船即ち船舶は右関税法第三十一条同第七十六条に言う貨物と言うことができるであろうか。
機帆船は貨物や人を積載して航行又は密輸出の用途に供するものであつて貨物自体そのものでないことは一般常識の容認する所である。何も専問家を俟つまでもなく自明の理にして船舶も貨物自体なりと解釈を強いて為さんとするが如きは之れ全く一般用語を無視したるものと謂ふべく、且つ又関税法及び其関係法規に於て貨物と船舶とは其の用語を夫れ夫れ区別して使用し居る点より鑑みても全く同法の精神に副はないことになる。仍て金比羅丸と言う機帆船は同条に言う所の貨物に該当そざるは勿論である。従つて判示の如く貨物として同条の適用を受くるものではないと確く信じます。
次に判示適用の昭和二十一年勅令第二百七十七号第一条を檢討するに同勅令第一条第二項(右判示には第二項と明示せざるも)には関税法第三十一条の規定による免許がないのに物品の輸出又は輸入をし又はしようとした者の罰は同法第七十六条の規定にかかわらず前項(三年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する)と同様とする、とあります。即ち同条第二項は前記関税法第三十一条同第七十六条を受けた対照規定であつて、唯だ同勅令第一条は関税法第三十一条第二項違反者に対する罰則規定たる同法第七十六条所定の罰則よりも更に之等の違反者を重く罰する精神趣意に出でたる特別規定にして罰則の強化以外の点に於ては彼と是との間に何等異る所はない。唯だ関税法第三十一条、同法第七十六条には貨物なる文言を用い同勅令第一条第二項には物品と言う文言を用いたれども其の精神内容に於ては毫も異る所なきは言う迄もない所である。
関税法第三十一条同法第七十六条に所謂貨物には貨物を積載して航行の用に供する船舶を含まざると同様に同勅令第一条第二項の物品中には船舶を含まざることは勿論である。然らば原判示に於いて本件金比羅丸を関税法第三十一条の貨物又は昭和二十一年勅令第二百七十七号第一条第二項の物品に該当するものとして関税法第三十一条及右勅令第一条を問疑適用し被告人宋憲は金比羅丸を携行して密輸出したるものとし有罪の判決をせられたるは全く右法令の解釈竝に其の適用を誤られたるものなり。而かもその誤は惹いては判示被告人宋憲の第一事実の所為と前記判示第二の所為は併合罪の関係あるものとして法定の加重刑期の範囲内に於いて刑の量定を為すに至り判決に影響を及ぼすものなること明かにして原判決は破毀を免れざるものと信ず。
第二点原判決は法令の適用につき判決に影響ある誤あるか若くは理由にくいちがいがある違法あるものと信じます。
原判決主文によれば押収物件中被告人宋憲に対し証第二号(金比羅丸)を没収するとあり、而して判示理由には密輸出物は昭和二十一年勅令第二百七十七号第九条第一項により没収すべきものであると判示されています。そこで同勅令第九条第一項は第一条の犯罪に係る物品又は同条の犯罪行為に供した船舶で犯人の所有し又は占有して居るものは之を没収する。とあります。既に論旨第一点に於いて詳説した如く被告人宋憲は同勅令第一条第二項の物品を密輸出したものでもなく、又しようとしたものでもない。従つて被告人宋憲は本条の犯人ではない。
右判示勅令第九条一項にも明かに第一条の犯罪に係る物品又は同条の犯罪行為に供した船舶と明記し物品と船舶とは明かに区別し居り論旨第一点に於いて論述した如く物品と船舶とは自ら別箇のものだと言う論拠が自ら判然すると思う。
被告人宋憲は当時金比羅丸を所有し占有していたに過ぎない。而して金比羅丸の所有者、占有者たる被告人宋憲が仮りに同勅令第一条の犯罪行為に右金比羅丸を供し又は供されていたとするも、金比羅丸を同勅令第九条第一項により没収することを得るためには被告人宋憲が同勅令第一条の密輸の犯人たることを右の如く要件として居る。然るに被告人宋憲は密輸の犯人でない理由は論旨第一点にて論述の通りである。強いて被告人宋憲を密輸の犯人とするならば格別起訴状に於ける公訴事実並びに原判決判示理由では如何なる点よりするも被告人宋憲を同勅令第一条の犯人とすることは遺憾ながら出来ない。従つて犯人でない被告人から金比羅丸を没収し得ないことは当然である。即ち原判決は此の点に於いて法令の適用を誤り其の誤りが判決に影響を及ぼすことが明かなると共に没収の判決をなし判示理由を附し居るも理由不備にして結局理由に齟齬くいちがいがあるものと信ず。理由にくいちがいがあることの証拠として起訴状、原判決書を援用する故に此点に於いても原判決は破毀を免れないと思います。